小説の浮かぶ空

日々読んでいく小説の感想を自由気ままに綴っていきます。

キップをなくして  池澤夏樹 著

あらすじ

”改札から出ようとして気が付いた。ないない、キップがない!「キップをなくしたら駅から出られないんだよ」。どうしよう、もう帰れないのかな。キップのない子供たちと、東京駅で暮らすことになったイタル。気がかりはミンちゃん。「なんでご飯を食べないの?」。ミンちゃんは言った。「私、死んでるの」。死んだ子をどうしたらいいんだろう。駅長さんに相談に行ったイタルたちは――。少年のひと夏を描いた鉄道冒険小説!”

 

The First Line

”ある初夏の朝、一人の少年が恵比寿駅から電車に乗った。”

 

池澤夏樹著『キップをなくして』を読みました。

 

 

今までに読んだことのないような新鮮さを感じた小説。

子どものひと夏が設定の小説は今までにもいくつか読んだけれど、この物語は淡い小説というよりかは絵本に近い感じかな。とてもライトやけれどどこか考えさせられる、子どもらしいお茶目さがありつつも違う環境で成長する姿だったり。

改めてあらすじ見ると、けっこう物語の確信言ってもうてるな。もう少し隠した方が…。何も知らないで読んだから、最初この小説がファンタジーなのかホラーなのか青春なのかわからなくて、でもその不思議なスタンスで読んだから余計にこの小説の世界を味わえた気がする。

僕も今までに「駅の子」に助けてもらってたのかな。さすがに今はもう助けられることもないし、もしかしたら見えさえもしないかもしれないけれど、こんな子たちがいると思って駅に行ってみたらまた面白そう。物語は至る所にある。

 

 

好み: ★★★☆☆☆

 

キップをなくして (角川文庫)
 

 

哀しい予感  吉本ばなな 著

あらすじ

”幸せな四人家族の長女として、何不自由なく育った弥生。ただ一つだけ欠けているのは、幼い頃の記憶。心の奥底に光る「真実」に導かれるようにして、おばのゆきのの家にやってきた。弥生には、なぜか昔からおばの気持ちがわかるのだった。そこで見つけた、泣きたいほどなつかしく、胸にせまる想い出の数々。十九歳の弥生の初夏の物語が始まった――。”

 

The First Line

”その古い一軒家は駅からかなり離れた住宅街にあった。”

 

吉本ばなな著『哀しい予感』を読みました。

 

 

題名通り、最初から哀しい予感に包まれている。

この小説は確かに哀しいかったり心にある闇を描いていたりと、一見暗そうではあるけれど、実はこの小説に出てくる登場人物はみんな自分なりの幸せを持っているのであって、だからか奥底には光が感じられる。この小説には愛が満ち溢れている。

文学的ながらもとても優しくて、吉本ばななさん独特の雰囲気を味わうならもってこいの小説。

幼い頃の記憶ってとても曖昧で、今から遡るといい思い出ばかりやけれど、たぶん嫌なことは忘れているだけなんかな。

200ページもない小説やから、すぐに読める。やし、普段あまり小説を読まない人にも手に取りやすい。

夏の気分を味わいつつ、つながりの愛を感じられる、そんな小説。

 

 

好み: ★★★☆☆☆

 

哀しい予感 (幻冬舎文庫)

哀しい予感 (幻冬舎文庫)

 

 

悪党たちは千里を走る  貫井徳郎 著

あらすじ

”しょぼい仕事で日々を暮らすお人好しの詐欺師コンビ、高杉と園部。ひょんなことから切れ者の美人同業者とチームを組むはめになり、三人で一世一代の大仕事に挑戦する。それは誰も傷つかない、とても人道的な犯罪計画だった。準備万端、すべての仕掛けは順調のはずだったが……次から次にどんでん返しが!息をつかせぬスピードとひねったプロット。ユーモア・ミステリの傑作長編。”

 

The First Line

”門構えは威圧的なまでに立派だった。”

 

貫井徳郎著『悪党たちは千里を走る』を読みました。

 

 

次から次へと話が進み、でも最後にはすべての伏線が回収されてとてもすっきりできる、そんなユーモア小説。

正直、詐欺師が主人公の小説はあまり好きではなくて最初は読む気がなかったけれど、読み始めてみるとどんどん小説の中に引き込まれて、どんどんページが進んでいった。傑作と謳う小説は基本的に面白くないけれど、これは面白かった。

この小説にはとにかくいろんなイベントがあって、でも散らからずすべてが一本の中に納まっていて、読みやすいしわかりやすいししっかりしている。

詐欺師ってめっちゃ怠け者やけれど、一方でめっちゃ真面目な人がなるんかも。こんなお人好しやったら、多少お金盗まれてもいいかな。うそです。でも、こんな人に子どもの頃に出会ったら、確かになついてしまうかも。これはほんま。

 

 

好み: ★★★★☆☆

 

悪党たちは千里を走る (幻冬舎文庫)

悪党たちは千里を走る (幻冬舎文庫)

 

 

山越くんの貧乏叙事詩  芦原すなお 著

あらすじ

”朋輩との切磋琢磨(麻雀)や日課(居酒屋通い、たまに庭の蛙観察)にいそしむ山越只明くん、二十歳。妙なバイトに借り出され、偏屈な教授の弟子にされつつ、毎日はおおむね愉快に、時折切なく過ぎてゆく。直木賞作家が贈る、昭和のぐうたら大学生のほんわかゆるゆる青春小説。”

 

The First Line

”あの年の夏休みは七月初めの梅雨明けと同時に始まったのだった。”

 

芦原すなお著『山越くんの貧乏叙事詩』を読みました。

 

 

この小説を手に取ったときは森見登美彦さんのパクリかなとも思ってたけど、それとはまた違う独特なコミカルさがと世界観があって面白かった。

人生で最も怠ける期間である大学生活は、いつの時代も同じやねんなと。現代とは違う昭和ならではの背景にもかかわらず、結果的にはぐうたらに行き着く。山越くんが森見さん小説の世界に迷い込んだとしても、たぶん違和感なくなじめると思う。大学生って不思議。

途中までは友人内でのアホなやりとりで面白く、最後は学生ならではの葛藤とアホさに少し心がうるっとくる。こんな友情なかなかないし、こんなにも気ままに暮らせたらきっと人生楽しいと思う。ラルケット・グラツィオーソはけっこう感動できる。

僕はもう大学を卒業して社会人となって、今となってはすでにあのぐうたらが恋しい。あの時は早く脱出したかったけれども。故郷を離れた今だからこそ読んでよかった。

 

 

好み: ★★★☆☆☆

 

 

オロロ畑でつかまえて  荻原浩 著

あらすじ

”人口わずか三百人。主な産物はカンピョウ、ヘラチョンペ、オロロ豆。超過疎化にあえぐ日本の秘境・大牛群牛穴村が、村の起死回生を賭けて立ち上がった!ところが手を組んだ相手は倒産寸前のプロダクション、ユニバーサル広告社。この最弱タッグによる、やぶれかぶれの村おこし大作戦『牛穴村 新発売キャンペーン』が、今始まる――。第十回小説すばる新人賞、ユーモア小説の傑作。”

 

The First Line

”フタマタカズラの花が咲く年は、村に異変が起こる。”

 

荻原浩著『オロロ畑で捕まえて』を読みました。

 

 

真面目な要素はまったくない、とてもユーモアにあふれる明るい小説。

決して若くはない人々がそれぞれの想いで動いたら、それぞれが上手いことかみ合って、あれよあれよという間に村おこし。本当にあっという間だった。

この小説はとても好みがわかれると思う。ライトな感じが好きな人にとっては好きだと思うし、もっと人間模様を追いたい人には合わないと思う。僕は後者。

こんな田舎、現実の日本にもあるのかな。自分の住むところがここまで田舎やったらもう外界のことしらんと一生ここに住んでいたい。都会を知ってしまったら、すぐに出ていきたくなるやろな。決して田舎が嫌いなわけではないけれどむしろ好き。

もしこんな村おこしを現実でしたら、たぶん社会問題になると思う。小説の世界だから許される。そういう面で無理がある。

 

 

好み: ★☆☆☆☆☆

 

オロロ畑でつかまえて (集英社文庫)

オロロ畑でつかまえて (集英社文庫)

 

 

最後の喫煙者  筒井康隆 著

あらすじ

"ドタバタとは手足がケイレンし、血液が逆流し、脳が耳からこぼれるほど笑ってしまう芸術表現のことである。健康ファシズムが暴走し、喫煙者が国家的弾圧を受けるようになっても、おれは喫い続ける。地上最後のスモーカーとなった小説家の闘い「最後の喫煙者」。究極のエロ・グロ・ナンセンスが炸裂するスプラッターコメディ「問題外科」。ツツイ中毒必至の自選爆笑傑作集第一弾。”

 
The First Line

〈急流〉”その異変がいつから起こりはじめたのか誰にもわからない。”

〈問題外科〉”「このあいだ柳沢教授の出した『制癌性抗生物質』だけど、あの本、高価いよなあ」広田がおれにいった。”

〈最後の喫煙者〉”国会議事堂の頂きにすわりこみ、周囲をとびまわる自衛隊ヘリからの催眠弾攻撃に悩まされながら、おれはここを先途と最後の煙草を喫いまくる。”

〈老境のターザン〉”「あーアあアあーあ、アあアあ」”

〈こぶ天才〉”虫である。”

ヤマザキ〉”信長が本能寺で死んだのは一五八二年六月二日、朝の六時頃だった。”

〈喪失の日〉”藁井勇は、その日もいつものように、出勤するなり会社の便所へ駆けつけた。”

〈平行世界〉”玄関のチャイムが鳴ったので、出て見るとおれが立っていた。”

〈万延元年のラグビー〉”水戸藩の脱士約二十人が、集合場所の愛宕山からおりて、外桜田までやってきたのは朝八時ごろである。”

 

筒井康隆著『最後の喫煙者』を読みました。

 

 

これほどまでに多種多様な物語を創り上げられるその才能に感服。すごいの一言。

爆笑というよりは、「世にも奇妙な物語」を思わす不思議で非現実ながらもどこか現実に起こりそうな、そんな物語たち。一つ一つが短いからどんどん読めるし、また一つ一つまったくテイストが異なるから飽きが来ない。次はどんな話かなと気になる。

この短編を映像化したらどんなになるやろうか。コントチックにもなればホラーチックにもなれそうで、人それぞれによって物語の捉え方が異なりそう。個人的には「奇妙」かな。

ツツイ中毒の実態が少し見えてきた。これははまりそう。

 

 

好み: ★★★★☆☆

 

最後の喫煙者―自選ドタバタ傑作集〈1〉 (新潮文庫)

最後の喫煙者―自選ドタバタ傑作集〈1〉 (新潮文庫)

 

 

陽気なギャングが地球を回す  伊坂幸太郎 著

あらすじ

”嘘を見抜く名人、天才スリ、演説の達人、精確な体内時計を持つ女。この四人の天才たちは百発百中の銀行強盗だった……はずが、思わぬ誤算が。せっかくの「売上」を、逃走中に、あろうことか同じく逃走中の現金輸送車襲撃犯に横取りされたのだ!奪還に動くや、仲間の息子に不穏な影が迫り、そして死体も出現。映画化で話題のハイテンポな都会派サスペンス!”

 

The First Line

”二人組の銀行強盗はあまり好ましくない。”

 

伊坂幸太郎著、『陽気なギャングが地球を回す』を読みました。

 

 

ハードボイルドとは対極にある、どこか腑抜けた正統派のギャング小説。

ここまでに自分たちをギャングと開き直って強盗できたら、警察も捕まえようにも認めてしまいかねない、それぐらいの潔さ。もちろん銀行強盗はいけないことやけれど。

死体が出てきたのに、こんなにも脇役になるサスペンス小説はなかなかない。普通、事件解決に力が入るところやけれど、この小説ではあくまで一イベントに過ぎない。そして、また陽気なギャングたちは悪者やのにヒーローに見えてしまう。この小説の世界は無法社会なのかな。何でもありに見える。

小説内に出てくるあらゆるものが、最後につながってきて、とてもすっきりとする。伏線ほどではないけれど、すべて回収されるのは気持ちがいい。伊坂幸太郎さんの小説はだから読みたくなる。

銀行強盗は4人が好ましいですね。

 

 

好み: ★★☆☆☆☆

 

陽気なギャングが地球を回す (祥伝社文庫)

陽気なギャングが地球を回す (祥伝社文庫)

 

 

殺人鬼フジコの衝動  真梨幸子 著

あらすじ

一家惨殺事件のただひとりの生き残りとして新たな人生を歩み始めた十一歳の少女。だが彼女の人生はいつしか狂い始めた。「人生は、薔薇色のお菓子のよう」。呟きながら、またひとり彼女は殺す。何がいたいけな少女を伝説の殺人鬼にしてしまったのか?精緻に織り上げられた謎のタペストリ。最後の一行を読んだ時、あんたは著者が仕掛けたたくらみに戦慄し、その哀しみに慟哭する……!”

 

The First Line

”この小説は、ある女の一生を描いたものである。”

 

真梨幸子著、『殺人鬼フジコの衝動』を読みました。

 

 

最後の一行を読むことで、小説への感想が一変する。一気読みしてしまいます。

この小説全体の方向は、殺人鬼フジコの一生を描いたドキュメンタリー要素の内容。でも最後の一行でそれは一気に物語としてのサスペンスに変わる。叙述トリックではないけれど、ここまで一変させるこの小説の力はすごい。

フジコの心情がとても繊細に書かれていて、それが殺人に結びつくとき、鳥肌が立つ。フジコにとっての母の存在と、その後生まれる娘の存在。怖いぐらいに同じ道をたどっていて、その不気味さたるや、ホラーの域に達している。最後まで一貫して不気味な緊迫感は張りつめていて、物語そのものは平坦やけれど終始高い場所が保たれている感じ。全部が見せ場。

「あたしは蝋人形、おがくず人形」これがとても怖い。最後にまで尾を引いている。

こんなじんせいだったら、間違いなく自分やったら自殺している。こんなの耐えられない。その、不幸さは少し可哀そうに思う一方で、不気味な要素がどうしても勝る。

 

 

好み: ★★★★★★

 

殺人鬼フジコの衝動 (徳間文庫)

殺人鬼フジコの衝動 (徳間文庫)

 

 

黄色い目の魚  佐藤多佳子 著

あらすじ

”海辺の高校で、同級生として二人は出会う。周囲と溶け合わずイラストレーターの叔父だけに心を許している村田みのり。絵を描くのが好きな木島悟は、美術の授業でデッサンして以来、気がつくとみのりの表情を追っている。友情でもなく恋愛でもない、名づけようのない強く真直ぐな想いが、二人の間に生まれて――。16歳というもどかしく切ない季節を、波音が浚ってゆく、青春小説の傑作。”

 

The First Line

”テッセイに会うことになった。”

 

佐藤多佳子著、『黄色い目の魚』を読みました。

 

 

キュンとくるよりかは、純文学に近い青春小説。

2人の視点で物語が進んでいっているから、余計な感情が入ってこず真っ直ぐな二人の想いに触れられる。佐藤多佳子さんの小説を初めて今回読んだけれど、これが特徴なんかな。

絵をきっかけに縮まる二人の距離。二人とも不器用ですれ違いながらも、手探りで相手に近づこうとする姿がとても高校生らしい。そして同時進行で起こる部活の葛藤。高校生はほんと忙しい。

何かにマジになれることの大切さに気づかされる。マジになる勇気と不安は誰しもにあることで、これから避けずに向き合うことができるのも高校生の特権。大人になったら不安が増して失敗を恐れるあまりにマジから避けてしまう。

16歳というこんなにも繊細な季節を自分も過ごしてきたのかと思うと、改めて大変だったなと思うと同時に、うらやましく思う。

 

 

好み: ★★☆☆☆☆

 

黄色い目の魚 (新潮文庫)

黄色い目の魚 (新潮文庫)

 

 

地下鉄に乗って  浅田次郎 著

あらすじ

”永田町の地下鉄駅の階段を上がると、そこは三十年前の風景。ワンマンな父に反発し自殺した兄が現れた。さらに満州に出征する父を目撃し、また戦後闇市で精力的に商いに励む父に出会う。だが封印された”過去”に行ったため……。思わず涙がこぼれ落ちる感動の浅田ワールド。吉田英治文学新人賞に輝く名作。”

 

The First Line

”町に地下鉄がやって来た日のことを、真次は克明に覚えている。”

 

浅田次郎著、『地下鉄に乗って』を読みました。

 

 

今の40代ぐらいの人が読んだらきっと涙がこぼれ落ちるであろう内容の小説。

ワンマンな父に振り回され、反面教師としつつもそれに似ていることに気づく息子。そして父の過去を知り、その今までに見たことのない一面を知った息子。父という存在の偉大さに気づく年齢になって初めて理解できるのかな。

正直、話がまとまっていなくて僕にはよくわからなかった。地下鉄に一貫してほしいのになぜか夢が出てくるし、父と息子に焦点を当ててほしいのに途中から禁断の愛が入ってくるし。いろんな要素があってそれはそれで良いのかもしれないけれど、僕はあまり好まない。

戦中戦後の時代は大変だったと思うけれど、なぜかそのころへの憧れがある。闇市行ってみたい。実際買い物はしたくないけれど。そんな、不自由でごちゃごちゃしていた昭和の雰囲気にとても興味がある。

東京行って地下鉄乗って、階段上がったら別世界に行けたなんて物語、起こらないかな。

 

 

好み:★☆☆☆☆☆

 

地下鉄に乗って (講談社文庫)

地下鉄に乗って (講談社文庫)