海の見える街 畑野智美 著
あらすじ
”海の見える市立図書館で司書として働く31歳の本田。十年間も片想いだった相手に失恋した七月、一年契約の職員の春香がやってきた。本に興味もなく、周囲とぶつかる彼女に振り回される日々。けれど、海の色と季節の変化とともに彼の日常も変わり始める。注目作家が繊細な筆致で描く、大人のための恋愛小説。”
The First Line
”いつものパンが売り切れていた。”
畑野智美著、『海の見える街』を読みました。
日常のささいな恋愛物語。
せまい世界の中にも恋愛は当然ながら存在していて、情熱的な恋愛ではないけれど、静かでじりじりと胸が締め付けられるような恋愛。誰もが一度は経験したことがあるんちゃうやろか。高校の恋愛と少し似ているかな。
4人を渦巻く感情を4人それぞれの視点から描かれていて、それぞれの想いがとても淡い。そしてとても繊細。「海」と「本」がまた名わき役となって小説全体の雰囲気作っている。とても優しい、そして切ない。
けっして覇気はない。違う世界で生きている人から見たら何が面白くて生きているんやろうと思われるかもしれないけれど、これも美しい人生。
「死んでいるように生きている」そんな感じ。つまんなそうに見えるけれど、そこにこそ小説があると僕は思う。小説が好きやから、死んでいるように生きることも美しいと思える。これは、小説が好きな人の特権やと僕は思っている。
片想い。これほど辛いものはない。でも、とても人間らしい。
好み: ★★★★☆☆
サウスバウンド 奥田英朗 著
あらすじ
〈上〉”小学校6年生になった長男の僕の名前は二郎。父の名前は一郎。誰が聞いても変わっているという。父が会社員だったことはない。物心ついた頃からたいてい家にいる。父親とはそういうものだと思っていたら、小学生になって級友ができ、よその家はそうでないことを知った。父は昔、過激派とかいうのだったらしく、今でも騒動ばかり起こして、僕たち家族を困らせるのだが……。――2006年本屋大賞2位にランキングした大傑作長編小説!”
〈下〉”元過激派の父は、どうやら国が嫌いらしい。税金など払わない、無理して学校に行く必要なんかないとかよく言っている。そんな父の考えなのか、僕たち家族は東京の家を捨てて、南の島に移住することになってしまった。行き着いた先は沖縄の西表島。案の定、父はここでも大騒動をひき起こして……。――型破りな父に翻弄される家族を、少年の視点から描いた、新時代の大傑作ビルドゥングスロマン、完結編!”
The First Line
〈上〉”中野ブロードウェイは上原二郎の通学路だ。”
〈下〉”頭に鉢巻のようなものをした美少女が、樹木の間で手招きしていた。”
奥田英朗著、『サウスバウンド』を読みました。
普段家族を題材とした小説あんま読まんけれど、ずっと気になっていたから読んでみた。あらすじに「傑作」とあると正直あまり面白くないという方程式が自分の中にあったけれど、これは面白かった。
型破りで破天荒な父親に翻弄される家族。子供の視点で描かれているから、大人の堅苦しさもなく、少年らしくうやむやに振り回される感じがとても面白くて、コミカルでさえある。大人のことはよくわからないけれど子どもなりの世界で必死に生きる二郎が、かわいそうながらもどこか諦めな態度が冷静で、過激な父親とは対照的。いい役。
都会では抑えられている過激な家族と南の島では解放されている自由な家族が、手に取るように見えてきて、映画を見ているかのように情景が浮かんできた。文章的にも惹きつけられた。すっと読めるし、大人と子どもの絶妙な心の動きも感じられて、極端やけれど等身大な内容やなと思った。
子供は親に逆らえないというのは何とも言えない不公平で、家族を振り回して自分勝手になる親なんていてはならないという考えは決して変わらないけれど、こんな父親がいたら楽しいやろうな。父親としては嫌いでも、人間としては好きになる。
この小説は、コミカルながらもとても深い。安全な時にしか味方にならない人間。自分の正しさを殺さない大切さ。都会至上主義の対極。当たり前への疑問。など。一郎の生きざまは、尊敬に値する。こんな大人に、少しでもなりたい。
僕は過激派ではありませんと最後に言っておきます。
好み: ★★★★★★
有頂天家族 森見登美彦 著
あらすじ
”「面白きことは良きことなり!」が口癖の矢三郎は、タヌキの名門・下鴨家の三男。宿敵・夷川家が幅を利かせる京都の街を、一族の誇りをかけて、兄弟たちと駆け廻る。が、家族はみんなへなちょこで、ライバル狸は底意地悪く、矢三郎が慕う天狗は落ちぶれて人間の美女にうつつをぬかす。世紀の大騒動を、ふわふわの愛で包む、傑作・毛玉ファンタジー!”
The First Line
”桓武天皇の御代、万葉の地をあとにして、大勢の人間たちが京都へ乗りこんできた。”
この小説を読み始める前、まさか主人公が狸やとは思っていなかったから、びっくり。ちゃんとあらすじに書いてあるのに。
森見さんらしくコミカルな内容で、京都を舞台とした等身大から少しずらした視点が相変わらず面白かった。狸と天狗と人間の三つ巴。うまいことかみ合っていて、またお互いがお互いを敬遠していて、そこから次々と生まれる歪みがなんとも可愛らしい。
阿保ながらも、狸なりの家族愛に満ち溢れていた。阿保兄弟の絆と母親の愛情。人間では描けない良さがあった。みんな阿保やけれど、立派に面白い。
京都の街を普段歩いていて、これからはふと狸を探してしまいそう。もしかしたら、化けた狸とすでに出会っていたりして。そう思うと、京都がますます面白くなる。強風が吹いたら天狗の仕業と思おう。
好み: ★★★☆☆☆
夜市 恒川光太郎 著
あらすじ
”妖怪たちが様々な品物を売る不思議な市場「夜市」。ここでは望むものが何でも手に入る。小学生の時に夜市に迷い込んだ裕司は、自分の弟と引き換えに「野球の才能」を買った。野球部のヒーローとして成長した裕司だったが、弟を売ったことに罪悪感を抱き続けてきた。そして今夜、弟を買い戻すため、裕司は再び夜市を訪れた――。奇跡的な美しさに満ちた感動のエンディング!魂を揺さぶる、日本ホラー小説大賞受賞作。”
The First Line
『夜市』”今宵は夜市が開かれる。”
『風の古道』”私が最初にあの古道に足を踏み入れたのは七歳の春だった。”
恒川光太郎著、『夜市』を読みました。
ホラーみたいな暗くて不気味な雰囲気よりは、美しい雰囲気と言う方が当てはまる。
特に山場もなく平坦に物語が進められていて、正直物足りなかった。美しき中にもグロさは欲しかった。読みやすいねんけれども。
身内の死が全体的なテーマかな。それが友情なり愛情なり。忘れ去られるのはつらいこと。
小説を読んでいて度々思うけれど、自分の知らない裏の世界って存在していてほしいし、いずれいってみたいな。そんなこと思えるだけでも日々が少し楽しくなる。これが小説の良い所。
好み: ★★☆☆☆☆
パプリカ 筒井康隆 著
あらすじ
”精神医学研究所に勤める千葉敦子のもうひとつの顔は〈夢探偵〉パプリカ。患者の夢を共時体験し、その無意識へ感情移入することで治療をおこなうというものだ。巨漢の天才・時田浩作と共同で画期的サイコセラピー機器〈DCミニ〉を開発するが、ノーベル賞候補と目されたことで研究所内には深刻な確執が生じた。嫉妬に狂う乾副理事長の陰謀はとどまるところをしらず、やがてDCミニをめぐって壮絶な戦いが始まる!現実と夢が交錯する重層的空間を構築して、人間心理の深奥に迫る禁断の長篇小説。”
The First Line
”時田浩作が理事室に入ってきた。”
筒井康隆著、『パプリカ』を読みました。
今までに読んだことないような、斬新で精密な小説。
アニメが評価されているのを知り、それを観る前に読んでおこうと読んでみた。ここまで緻密でSF空間を文章で作り出せることに感動した。ほんとすごい。すごすぎて、時々ついていけなくなる。設定から舞台から、すべてが今まで読んできた小説とは少し違って、とても新鮮やった。
夢をテーマとしているからか、この小説を読んでいた数日間、特に眠気が強くて何度もうたた寝した。けっして小説が面白くなかったとかそんなんではなくて、読んでいる僕までが夢の世界に引っ張られるような感覚におそわれた。人間の身体の不思議かな。寝た後も、夢をいつも以上に覚えてたり。
「胡蝶の夢」という話が昔からあるように、夢の世界って昔から現実から手の届かないところにあって幻想的である一方で、意外とそっちも現実だったり。こんなん考え出したらきりがないし頭おかしくなりそうやけれど、夢の世界で生きられたらそれはそれで面白そう。僕は、夢の世界が本当の現実って時々思うようにしてる。実際夢のことが現実に来たら怖いけれども。
早速映像でパプリカ観てみます。
好み: ★★★★☆☆
ちょっと今から仕事やめてくる 北川恵海 著
あらすじ
”ブラック企業にこき使われて心身共に衰弱した隆は、無意識に線路に飛び込もうとしたところを「ヤマモト」と名乗る男に助けられた。同級生を自称する彼に心を開き、何かと助けてもらう隆だが、本物の同級生は海外滞在中ということがわかる。なぜ赤の他人をここまで?気になった隆は、彼の名前で個人情報をネット検索するが、出てきたのは、三年前に激務で自殺した男のニュースだった――。スカッとできて最後は泣ける、第21回電撃小説大賞〈メディアワークス文庫賞〉受賞作。”
The First Line
”六時に起床。”
北川恵海著、『ちょっと今から仕事やめてくる』を読みました。
現代の社会に問いかける小説。
上司からは常に怒鳴られ、他人を蹴落とし這い上がり、昔からの慣例にばかりしばられる企業風土。これはこの小説の中だけの架空のものでは決してなく、むしろこんなブラックと呼ばれる企業の方が多いのかも。社会に出ようとする僕はそんなイメージをもっている。
今働いて、辛い思いをしている人にはぜひとも読んでもらいたい。少しでも逃げ道のきっかけになるはず。これから社会に出る人には、ぜひともこの本のことを覚えておいてもらいたい。社会の純粋さを思い出させてくれるはず。
「ヤマモト」さんの行動は隆を救った。これも現実に有り得ることで、都会も捨てたもんやない。東京の人は冷たいとよく言われるけれど、その東京人も多くは地方出身者で、冷たいのは社会全体を取り巻く群れ意識故の空気に過ぎないと僕は思っている。人間、生きているだけでなんとかなる。誰かは絶対に助けてくれる。そのことを、この小説から強くメッセージとして受けた。
おもんなかったら仕事なんてやめてしまえばいい。自分の人生は自分のもの。でも、責任はついてくると思うけれどね。
好み: ★★★★☆☆
ぼくのメジャースプーン 辻村深月 著
あらすじ
”ぼくらを襲った事件はテレビのニュースよりもっとずっとどうしようもなくひどかった――。ある日、学校で起きた陰惨な事件。ぼくの幼なじみ、ふみちゃんはショックのあまり心を閉ざし、言葉を失った。彼女のため、犯人に対してぼくだけにできることがある。チャンスは本当に一度だけ。これはぼくの闘いだ。”
The First Line
”薄く伸びた秋の日差しが、歩くぼくの影をうっすら地面に映し出す。”
辻村深月著、『ぼくのメジャースプーン』を読みました。
罪と罰の在り方、そして愛の在り方を考えさせられる小説。
やられたからやり返す、所謂「復讐」。でも、被害者が復讐をした時点で加害者になりうる。そして、復讐を果たした時、完全にすっきりするかといえばそうでもない。「ぼく」が、子どもながらに加害者に対してどう復讐し、向き合うのかというのがこの小説のベースであり、先生との掛け合いの中に、読者自身が内容を超えて現実的に考えさせられる。とても深い。
”「『自分のため』の気持ちで結びつき、相手に執着する。その気持ちを、人はそれでも愛と呼ぶんです」”愛は相手への思いやりと言われるのが一般的なのかもしれないけれど、それでもそれは「エゴ」から生まれた感情であって、その当たり前やけれど忘れていたことを思いださせてくれた。「エゴ」をもって相手に思いやることで、その好意が当たり前ではなくて本心からのものになるのかな。
ふみちゃんはすごく大人。こんな大人が世の大半をしめれば、もっと住みやすい世の中になるんやろな。汚い部分も包んでしまうほどのピュア。
相手を縛る呪いの言葉、それって人それぞれ違ったものをもっているんかも。だから、発言には気をつけましょう。
好み: ★★★★☆☆
雀蜂 貴志祐介 著
あらすじ
”11月下旬の八ヶ岳。山荘で目醒めた小説家の安斎が見たものは、次々と襲ってくるスズメバチの大群だった。昔ハチに刺された安斎は、もう一度刺されると命の保証はない。逃げようにも外は吹雪。通信機器は使えず、一緒にいた妻は忽然と姿を消していた。これは妻が自分を殺すために仕組んだ罠なのか。安斎とハチとの壮絶な死闘が始まった――。最後明らかになる驚愕の真実。ラスト25ページのどんでん返しは、まさに予測不能!”
The First Line
”真っ暗な野原を歩いている。”
貴志祐介著、「雀蜂」を読みました。
驚愕のラストが気になって読んでみた。角川ホラー文庫からの出版やけれども、ホラーではない。
ミステリーの定番シチュエーション、雪山山荘。でも今回は人vsスズメバチ。読み始める前、ついついスズメバチ側はせいぜい3匹程度やと思っていたから、あまりの多さに少し興ざめ。こんなん刺されるのも時間の問題やん。どこにいるかわからない緊迫とした状況という要素は薄かったかな。
でも読み進めていくと、やはり人vs人に。たしかにラスト25ページぐらいから180度の方向転換。そして予測は不能。でも、正直おぉ!とはあまりならなかったかな。なるほど。ぐらい。
読み終えてからもう一度最初のページを見てみると、なかなかに面白い。
ハチには気を付けましょう。
好み: ★★☆☆☆☆
Yの悲劇 エラリー・クイーン 著
あらすじ
”行方不明を伝えられた富豪ヨーク・ハッタ―の死体が、ニューヨークの湾口に掲がった。死因は毒物死で、その後、病毒遺伝の一族のあいだに、目をおおう惨劇が繰り返される。名探偵ドルリー・レーンの推理では、有り得ない人物が犯人なのだが……。ロス名義で発表した四部作の中でも、周到な伏線と、明晰な解明の論理は読者を魅了し、海外ベストテンで常に上位を占める古典的名作。”
The First Line
”その二月の午後、ブルドッグのようにぶかっこうな深海トロール船ラヴィニアD号は、はるばる大西洋の波濤をこえてかえってきたが、サンディ岬を回って、ハンコック要塞を眼前にすると、船首に水泡をけたてひとすじに白い船跡をひきながら、ニューヨーク湾下へ入ってきた。”
エラリー・クイーン著、「Yの悲劇」を読みました。
悲劇シリーズの2作目。古典的名作と呼ばれる所以に少しながら触れられた。
きちがいじみた一族に次々と襲う惨劇。ミステリを読みすぎたせいか、正直一つ一つにパンチはあまりなくて、あれ?とは思ったけれども、それがすべてつながり、事件の全貌が見えた時、さすがだなと思った。気づいてもいいのに気づけない伏線、そしてこの事件の終わり方もまた名作所以なのかも。
このシリーズは、他の古典的名探偵シリーズとは少し異なって軽快なやり取りがしばしば見受けられるから、テンポよく読める。サム警部がまた良い味出しとる。
ドルリー・レーンは他の探偵とはまた少し違って、しっかりといた論理的プロセスを踏んで解決するタイプ。シャーロックホームズのようなずば抜けた観察力と推理力のタイプではないから、どちらかというと地味な印象やけれども、でもやっぱり名探偵。レーンの懐の深さが今作では際立つ。
ポワロの事件、ホームズの事件、それぞれの要素が少しずつ感じられた。名作のつながり。
好み: ★★★★☆☆
夏の夜会 西澤保彦 著
あらすじ
”祖母の葬儀のため、久しぶりに帰省した「おれ」は、かつての同級生の結婚式に出席した。同じテーブルになった5人は皆小学校時代の同級生。飲みなおすことになり、思い出を語り合い始めたが、やがて30年前に起こった担任教師の殺害事件が浮かび上がる……。女性教諭は、いつどこで殺されたのか?各人が辿る記憶とともに、恐るべき真実が明らかになっていく。”
The First Line
”人間の記憶とは極めて曖昧な代物であるらしい。”
西澤保彦著、「夏の夜会」を読みました。
こんなにも何転もする小説そうなかなかない。
第一話が展開早くて、あれ、これ一話完結?と思ってしまうほどであったけれど、そこからの展開がもうとにかく転がり続ける。そして、章末ごとにゾッとするほどに方向転換されて、どこに向かっているか全くわからなくなる。でも、すべてが論理的で、筋が通っていて、だから不思議と追いやすくて読みやすい。違和感は最初から。
人間の記憶のいい加減さたるや。30年ってこれほどまでに残酷なのか。忘れていたり、ふと思いだしたり、でも都合よく編集されていたり。それが積み重なればそれはもはやフィクション。これこそがこの小説の肝であって、面白いところ。また小学校時代という状況設定が絶妙で、リアリティのある曖昧さにつながっているなと思った。
記憶のいい加減さは、現代のマスコミに通じるなとしばし思った。この状況の全国的規模が今日の噂や都市伝説となり、またミクロ的にはコミュニティでの人間関係なのかなと。もちろん人間である以上絶対的な記憶を保持し続けることは難しいかもしれないけれど、かといって無責任に発言するのはいかがなものかと。
たった1日の出来事。お酒よっぽど強いなこの主人公たち。飲みたくなってきますね。
好み: ★★★★★☆