失はれる物語 乙一 著
あらすじ
”目覚めると、私は闇の中にいた。交通事故により全身不随のうえ音も視覚も、五感の全てを奪われていたのだ。残ったのは右腕の皮膚感覚のみ。ピアニストの妻はその腕を鍵盤に見立て、日日の想いを演奏で伝えることを思いつく。それは、永劫の囚人となった私の唯一の救いとなるが……。表題作のほか、「Calling You」「傷」など傑作短篇5作とリリカルな怪作「ボクの賢いパンツくん」、書き下ろし最新作「ウソカノ」の2作を初収録。”
The First Line
「Calling You」”わたしはおそらくこの高校で唯一の、携帯電話を持っていない女子高生だ。”
「失はれる物語」”妻は結婚するまで音楽の教師をしていた。”
「傷」”オレの通う小学校には特殊学級というのがあって、問題のある生徒が何人か集められていた。”
「手を握る泥棒の物語」”古い温泉宿の、伯母とその娘が宿泊している部屋でのことだった。”
「しあわせは子猫のかたち」”家を出て、一人暮らしをしたいと思ったのは、ただ一人きりになりたかったからだ。”
「ボクの賢いパンツくん」”先生が算数の時間にボクをゆびさしてしつもんしたけど、ボクはそれにこたえられなくて席を立ったままうつむいていたんだ。”
「マリアの指」”「恭介、私はどうしたらいい?」”
「ウソカノ」”放課後の教室でいつものようにみんなの馬鹿話に参加していたわけだが、壁の時計を見て僕は立ち上がった。”
乙一さん著、『失はれる物語』を読みました。
世にも奇妙で少し不思議な世界。その現実とのわずかな差の世界観やからなんでもありになる面白さ。
一つ一つの短編に長編並みの濃さがある。乙一さんのジャンルと言えばやっぱりホラーのイメージがある。でも実際には設定にホラー要素が少し使われることはあってもジャンルは多彩で、ホラー小説を読むときの緊迫感はいい意味で全くと言っていいほどない。多彩すぎて、この小説内の物語ひとつひとつ色が違って、全く飽きない。
主人公は、子どもが中心。その特有の視点と感情描写がとてもきれい。やからかホラーでも爽やかな印象を受ける。これが乙一さんの小説の一番の魅力やと思う。
内に向く感情とそこから生まれる優しさ。感情の陰と陽の対照が、登場人物一人ひとりにあって、その複雑さと垣間見える純粋さが好き。
全てに愛が詰まっているけれど、「失はれる物語」はとくに愛を感じた。「マリアの指」はミステリー調やけれども、謎解きではなくて是非とも心情を追ってほしい。
好み: ★★★★★☆